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いったいなんなのさ!?
9/3
この日は、カンボジア入国2日目。

首都・プノンペン郊外にある、
「キリング・フィールド」と、「トゥールスレイン刑務所博物館」
この二つを訪れた。

まず「キリング・フィールド」。
バスをい降りると、ひとつの塔が見えた。
近づくと・・・。
無数の頭蓋骨が収められていた。
その奥に足を進めると、たくさんの地面に掘られた穴。
次に行ったトゥールスレイン刑務所で殺された人たち(中にはまだ息のある人も)がここに運ばれてきて、この穴に放り投げだされたのだそうだ。

次に「トゥールスレイン刑務所博物館」
ここはもとは学校だったらしい。その教室が、処刑所と化したのだ。
今は、その処刑が行われた道具などが残っていたり、そこで殺された人の写真などがずらーっと並んでいた。
ここから生きて逃げた人はたったの6人だけだそうだ。


いったい何があったんだろうか!?


私は、この旅に参加するに当たって、国についてなど、なーんにも勉強してこなかった。
何も知らずに現実を目の当たりにして、感じるままを感じたいと思ったからだ。
そんな私には衝撃的すぎた。。

1970年代、ポル・ポト政権というものがあり、その手によって罪のない多くの人たちが虐殺された、ということだった。
1970年代・・・たったの30年前。

そのはずだ。

穴には骨がまだ残っていた。
周りには、両親はここで殺されたんだ、と物乞いをする子供たち。
私たちの宿泊するホテルを手配したりしてくださった現地の女性の兄弟5人は、このポル・ポトによって殺された。

なんというか、リアルすぎた。

戦争とか、虐殺とか、実際にあったコトだと知ってはいたものの、こんなに実感させられたのは初めてだった。

しかし、わからない。

なんのために殺したのか??
なぜ写真を残しているのか??
何のために意識がなくなるまで苦しめてから、殺したのか??


カンボジア人は、この二つの場所をなくしたいと思っているらしい。
忘れたいのだそうだ。

ポル・ポトについて、これから勉強したいと思っている。
さっそく本を借りたりもした。
だが、聞くところによると、ポル・ポト政権の虐殺に関わった人たちは、自分がポル・ポトの関わっていたということを口外しないという約束で釈放された、とのコト。

なぞは解けないままかもしれない。


現在。
カンボジアは、私の親の世代の人口が少ないらしい。
また、その子供世代にあたる私たちの世代の人口も少ないらしい。
道ですれ違う人の中には、虐殺に関わっていたひとがいたかもしれない。

虐殺の傷跡は確かに残っていた。

リアルだった。。


*事実と異なる記述があったかも知れませんがあしからず。
 これから勉強します。
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【2005/09/03 17:36 】
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