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是か非か。
帽子を持って、私に差し出してくる人たち。
金を入れろと。

そう、ベトナム・カンボジアには、たくさんの「物乞い」と呼ばれる人たちがいた。

あげるべきか?あげないべきか!?

私はこの旅の間中、ずっと考えていた。
あげてよいものか、よくないものか。

ツアーの仲間は、ほとんどの人があげていなかった。
中にはあげる人もいた。
その人は「自分にできるのはこれだけだからね」と言った。

うん、確かに。

私が物乞いにお金をあげることで、その人は今日死ぬかも知れなかったのが明日まで生きられるようになるのかもしれない。

だが、気がひけた。

あるツアーの仲間と、このことについて話した。
その人は、お金をあげたら写真を撮らせてもらったりしている、といった。

そうか!


私が物乞いにお金をあげられなかった理由のひとつがわかった。
お金をやる、もらう。これだけの関係になるのがイヤだったからだ。

たとえば、道を聞いて、そのお礼、というカタチでお金をあげたり、
その人のお話を聞いて、感謝の気持ちと言うことでお金をあげたり。

こんな風にお金をやる、もらう、という関係だけじゃなくすれば、
物乞いにお金をあげるのもアリかな、と思った。

しかし、この問題はそんなに簡単じゃぁない。

「不平等だ」というひともある。(私は不平等であっても一人でも多くの人を助けられたら,と思うが)

一人にあげたら、周りで見ていた物乞いが自分にも、と言ってきかない。

物乞いにお金をあげる人がいるから物乞いはなくならない。


どうでしょう?
あげますか?あげませんか??


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【2005/09/01 15:05 】
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