スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:-- 】
スポンサー広告
もしも
最近、カンボジアのことを少しでも知ろうと、本を読んでいる。
『ポル・ポト革命史』
1970年代のカンボジアをかいている。
全くと言っていいほど背景知識の無い私には難解だ。

虐殺の様子とか、人が死んでいく様子とか、読んでいると、『もしも』を考えてしまう。

もしも
日本に革命が起こって虐殺が行われ始めたら私はどうするだろう

もしも
自分が虐殺の危機にさらされたら‥‥‥

もしも
自分の親がカンボジアに生まれていたら、殺されていたかもしれない。
国民の1/4が虐殺されたといわれているこの国でこの時代に、自分の親が生まれていたら、私は1/2の確率でしかこの世に存在しない。

もしも

もしも

考えだしたらキリがないし、考えて意味があるとも思えない。

でも、思うのは、自分がいかに幸せな環境のなかに生まれ、育っているか。
生きているコトが当たり前の生活がどれだけ幸せか。
私が当たり前にできること、していることを、当たり前にできない人が世界にはたくさんいる。
病気、貧困、飢え、…。
このブログを書いているうちにも、自分の力じゃどうしようもなく死んでいっているのか…。

ほんとうに自分がこうやって当たり前に生きているってコトを幸せに感じられる心を持っていたいと思う。
忘れがちなコトだが。。
スポンサーサイト
【2005/09/15 06:21 】
エクスポージャ | コメント(4) | トラックバック(0)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。